目的を忘れて、手段だけが残る――そんなとき見るべきは、言葉より温度計

正直に言うと、私はダイエットが続かないタイプです。始めるときは本気なんですよ。甘いものもお酒も一切とらない、と決める。ところが一週間もすると、友達との約束が入る。「今日は特別だから」と一杯だけ飲んで、気づけば締めのデザートまで食べている。次の週には、また別の「特別」がやってきます。それでも人に聞かれると、「いまダイエット中なんだよね」と言い続けてしまう。計画はとっくに崩れているのに、看板だけは下ろさないんです。だから今日の話は、人ごとじゃありません。

最近、高市内閣の経済政策の説明を追いかけていて、ちょっと不思議な感覚になりました。

時系列で並べてみますね。

2026年2月の施政方針演説(首相がその年の方針を国会で語る演説)には、「長年続いてきた過度な緊縮志向」を改める、という言葉がありました。お金を使わなさすぎたことが日本の停滞の原因だ、という説明です。7月27日の会見では、首相自身が「今はインフレの状況にある」と認めます。そして10月8日の衆院本会議では「リフレ政策が必要な局面ではない」。リフレ政策というのは、世の中にお金をたくさん回して、物価をゆるやかに上げていこうという考え方のことです。

ここまで聞くと、方針転換かなと思いますよね。でも看板の「責任ある積極財政」、つまり国が大きくお金を使う方針は、そのまま続くんです。

消費税も似ています。2025年12月の国会では、消費税は社会保障の財源として家計に戻っている、と減税に慎重な答弁をしていました(選択肢から排除はしない、とも付け加えています)。それが翌月のテレビ討論では、食料品の消費税減税は「私自身の悲願」になっていました。

デフレだからお金を使う。インフレになっても、お金を使う。慎重だった減税が、悲願になる。説明は変わるのに、行き着く先はいつも「もっと使う」なんですよね。

手段が、目的になるとき

国がお金を使う「積極投資」は、本来は手段です。目的は、みんなが豊かに暮らせる国にすること。手段なら、状況に合わせて選び直すのが当たり前ですよね。物価が下がり続け、金利がほぼゼロだった時代には、国がお金を使うことに意味があったのかもしれません。でもいまは、物価が上がり、金利も上がっています。前提がひっくり返ったなら、手段も見直すのが筋です。

ところが「積極投資」と「青天井の予算」だけは、どんな前提でも動かない。私が引っかかっているのは、まさにそこなんです。

風邪のときに効いた薬を、治ったあとも、別の病気になっても飲み続ける人がいたら、ちょっと心配になりますよね。「この薬さえ飲めば全部治る」。それは薬ではなく、万能薬への信仰です。「積極投資さえすれば全部うまくいく」という考え方は、これと同じ形をしていると思うんです。

アメリカの社会学者ロバート・K・マートンは、1940年の論文「官僚制の構造とパーソナリティ」で、組織がいつのまにか手段そのものを目的のように大事にしはじめる現象を指摘しました。日本では「目標の転移」、くだけて言えば「手段の目的化」と呼ばれます。規則を守るのは仕事をうまく回すためだったはずなのに、規則を守ること自体がゴールになってしまう。どこの組織にも、どんな人にも起きることです。

私のダイエットだって同じでした。本当の目的は体を軽くして元気に過ごすことなのに、いつのまにか「ダイエット中」という看板を守ることのほうが大事になっていたんです。

公平に言っておくと、手段を変えること自体は、恥ずかしいことじゃありません。中国の古典『易経』には「君子豹変す」という言葉があります。いまは「急に態度を変える」という悪い意味で使われがちですが、もとは、立派な人は過ちに気づけば、豹の毛が生え変わるように鮮やかに自分を改める、という褒め言葉なんです。中東情勢で原油が上がり、世界の状況が大きく動いた一年です。豹変していい場面は、いくらでもあります。

だから問題は、変わることじゃありません。目的に照らして、いまの前提でいちばん効く手段を選び直せているかどうか。前提が変わっても手段が一ミリも動かず、変わるのは説明だけ。それはもう手段ではなく、目的になってしまっているんじゃないでしょうか。

強い言葉より、温度計

もう一つ気になっているのが、説明がどれだけ変わってもついていく人たちのことです。

見下すつもりは、まったくありません。応援している人の言葉が昨日と違っても、「きっと深い考えがあるんだ」と補ってあげたくなる。推しを推すって、そういうことですよね。私にも、人を笑う資格はありません。

ただ、政治の言葉で気をつけたいのは、「強い経済」「責任ある積極財政」のような、強くて気持ちのいい言葉が、前提の確認を飛ばさせてしまうことです。言い切りは安心をくれます。でも前提を整理しないまま言い切ると、引き返す道が消えてしまう。「あれだけ強く言ったんだから、いまさら違うとは言えない」。これは言う側にも、応援する側にも起きるんです。

じゃあ、何を見ればいいのか。私は言葉より「温度計」だと思っています。お金の世界の温度計は、金利と物価、そしてあなたの生活実感です。

まず金利。長期金利(国が10年間お金を借りるときの利息の目安)は、1年前の約1.7%から、いまは約3.0%まで上がっています。住宅ローンや会社の借金の利息は、これにつられて動きます。

次に物価。首相は10月5日の所信表明演説で、日本の物価上昇率はG7(主要7か国)で最も低い水準に落ち着いている、と述べました。たしかに8月の消費者物価(生鮮食品を除く)は前年比1.7%です。でもこれは、電気・ガス代の補助で押し下げられた数字。生鮮食品を除く食料は2.7%上がっていますし、補助が切れる11月以降は上振れして、年末から年明けには3%を超えるという民間の予測もあります(第一生命経済研究所)。

そして生活実感。コンビニのおにぎり、バイト先の賄い、電気代の明細。統計の平均より、あなたのレシートのほうが正直なことはよくあります。

温度計は、誰の味方もしません。だから信用できるんです。

時には切り替えよう

ここで、あなたに三つ聞かせてください。

一つ目。あなたがいま応援している人や意見について、「何が起きたら考えを変えるか」を一つ言えますか。言えないなら、それは応援というより、信仰に近づいているのかもしれません。

二つ目。課題や勉強の計画は、最初の予定どおりに進んでいますか。部活が長引いた、バイトのシフトが増えた、思ったより難しい単元だった。予定はもう崩れているのに、計画表はそのまま。遅れた分を「明日まとめてやる」で埋めようとしていないでしょうか。計画表は手段で、目的は「分かるようになること」のはずです。崩れたなら、計画のほうを書き直していいんです。範囲を絞る、順番を入れ替える、やり方を変える。それは逃げじゃなくて、前提が変わったと認める作業です。

三つ目。あなたの温度計は何ですか。勉強なら、小テストの点や、実際に進んだページ数。暮らしなら、毎月のスマホ代や、いつものランチの値段。ニュースの強い言葉や「やる気」より先に、自分の数字をひとつ決めて、見ておく。それだけで、だいぶ迷いにくくなります。

全部を疑いながら生きるのは、疲れますよね。だから八割は、信じて任せていいと思うんです。そのかわり、残りの二割で温度計を見る。数字が変わったら、気持ちよく切り替える。切り替えるのは負けじゃありません。前提が変わったことに気づけた、という小さな勝ちです。

好きな人の言葉を疑うのは、ちょっと勇気がいります。でも、疑ったうえで「それでも応援する」と決めたなら、その応援はもう盲目じゃない。あなたが自分で選んだ応援です。逆に、温度計を見て「違うな」と思ったら、そっと離れてもいい。どちらを選んでも、自分で考えて出した答えなら、それでいいんだと思います。

――理由が三度変わったら、疑うべきは手段のほう。