机の引き出しに、何に使うのか分からないケーブルが七本入っています。充電器のようでもあり、昔のゲーム機のもののようでもある。どれも「いつか使うかも」と思って取ってあるんです。使ったことは一度もありません。でも、捨てる日はなかなか来ない。

笑い話で済めばいいんですが、仕事柄、古いマンションの管理の話を聞いていると、この「いつか」が建物まるごとで起きていることがあるんですよね。

誰も「いらない」と言えない建物

マンションには管理組合があります。部屋の持ち主全員でつくる、建物を運営するための集まりです。外壁の修理、エレベーターの交換、使われなくなった集会室をどうするか。こうしたことは、総会で多数決をとって決めます。

ところが、これまでのルールでは、総会に来ない人や返事をしない人は、事実上「反対」と同じ扱いになっていました。持ち主が年をとる。相続で遠くの親せきの名義になる。連絡のつかない部屋が出てくる。そうなると、賛成の票がいつまでも集まらないんです。誰も反対していないのに、何も決まらない。屋上には錆びた古い設備が残り、修理のお金も足りなくなっていく。これが「管理不能」に近づいていくマンションの姿です。

数字で見ると、国土交通省の推計では、築40年以上のマンションは2022年末で約125万7千戸。20年後の2042年末には約445万戸、3倍半に増えると見込まれています。

そこで今年、2026年4月に区分所有法(マンションの持ち主どうしのルールを定めた法律)が大きく変わりました。総会の多数決は、全員ではなく「出席した人」を母数に数えるようになった。行方が分からない持ち主は、裁判所の手続きを経て、決議の母数から外せるようにもなりました。法律そのものが「決めないことにも害がある」と認めた、と言っていいと思っています。

30年、何も捨てなかった国

この話、日本という国に重ねると、ちょっとドキッとしませんか。

「失われた30年」という言葉があります。1990年代の初めにバブル景気(株や土地の値段が実力以上にふくらんだ時期)がはじけてから、日本経済の伸びが長く止まってしまった期間のことです。労働組合の全国組織である連合が、OECD(先進国を中心とした国際機関)のデータをまとめたレポートでは、1991年の平均賃金を100とすると、2021年の日本は101.4。ほぼ横ばいです。同じ期間に、アメリカやイギリスは260前後まで上がっています。

理由はひとつではありません。ただ、その一つの顔として、古い仕組みや事業を整理する決断が、先へ先へと延ばされてきたという見方があります。

公平に言うと、捨てなかったことで守れたものもありました。失業率は低く抑えられ、急な痛みを多くの人が避けられた。だから、全部が間違いだったとは思いません。でも、その代わりに、新しいものを置く場所がなくなっていったのも確かだと思うんです。

経済の言葉に「サンクコスト」(埋没費用)というものがあります。もう取り戻せないのに、「ここまでかけたんだから」と惜しくなって、判断を縛ってしまうお金や時間のことです。引き出しのケーブルも、総会の空席も、国の古い仕組みも、根っこは同じなのかもしれません。

断って、捨てて、離れる

「断捨離」という言葉は、やましたひでこさんがつくったものです。もとはヨガの「断行・捨行・離行」という、心の執着を手放すための教えから来ているそうです。入ってくる要らないものを断ち、たまったガラクタを捨て、モノへのこだわりから離れる。つまり、本当に片づけたいのはモノよりも心の方なんですね。

若いあなたは、まだ持ち物が少ないかもしれません。でも、予定や習慣や人間関係は、案外たまっていませんか。なんとなく続けている寄り道。気が進まないのに抜けられないグループ通話。「既読をつけたらすぐ返さなきゃ」というルール。「自分は数学に向いてない」という、いつ決めたのか思い出せない思い込み。

考えてみると、私たちの頭の中にも管理組合があるんです。昔の自分、親の期待、なんとなくの不安。どれも総会には顔を出さないのに、反対票だけはしっかり入れてくる。改正された法律のように、いま出席している自分の声で決めていいんじゃないでしょうか。

ここで、あなたに三つ聞かせてください。

一つ目。この一週間の予定のなかで、楽しみでも必要でもないのに続けているものは何ですか。 二つ目。いつ、誰が決めたのか分からない「自分ルール」はありますか。 三つ目。それを手放したら、空いた時間に何を入れたいですか。

イタリアの経済学者ヴィルフレド・パレートは、社会の富がごく一部の人に偏っていることを調べました。そこから「成果の八割は二割の要素から生まれる」という経験則、いわゆるパレートの法則が広まっていきます。大事な二割に気持ちを向けるには、残りの八割を軽くしておく必要があるんです。そして捨てたあとにできる余白は、すぐに埋めなくていい。ぼんやりする時間も、立派な使い道ですから。

ひとつだけ、気をつけたいことがあります。断捨離していいのは、自分のものだけです。家族の思い出の品や、友だちが大切にしている趣味を、勝手に「ガラクタ」と呼ぶことはできません。マンションでも、隣の部屋を勝手に片づける人はいませんよね。自分の価値観で選ぶ勇気と、他人の価値観をそのままにしておく勇気。この二つは、たぶんセットなんです。

それから、捨てて後悔してもいいと思っています。予定や習慣は、また拾い直せます。やってみて、違ったら戻す。その試行錯誤のなかで、自分が何を大事にしているのかが少しずつ見えてくるはずです。

『星の王子さま』で知られるフランスの作家サン=テグジュペリは、飛行士としての体験を綴った『人間の土地』(1939年)のなかで、飛行機の設計についてこんな趣旨のことを書いています。完璧とは、付け加えるものがなくなったときではなく、取り去るものがなくなったときに達成されるらしい、と。

ちなみに、引き出しのケーブルは、これを書きながら二本捨てました。残りの五本とは、もう少し話し合いが必要そうです。

――捨てることは、決めることの練習だ。