去年の暮れ、原油の2026年見通しはきれいに揃っていた。ゴールドマン・サックスはブレント原油56ドル、JPモルガン58ドル、モルガン・スタンレー60ドル、UBSでさえ67ドル。米エネルギー情報局(EIA)は日量226万バレルの供給過剰を見込んでいた。誰に聞いても答えは同じ、「2026年は原油がだぶつく年」である。
そして今、8月中旬のブレントは91ドル台。前年比プラス39%だ。
何が起きたのか。2月28日、中東で軍事衝突が始まり、ホルムズ海峡が事実上封鎖された。国際エネルギー機関(IEA)の8月報告によれば、7月の世界供給は日量1億150万バレル、前年より630万バレル少ない。2月末からの8か月で、世界の石油在庫は4億1000万バレル取り崩された。備蓄を食いつぶしながら世界は回っている。予想された「余り」は、現実の「足りない」に反転した。
ここまでは、よくある「専門家の予測は当たらない」という話だ。でも私が面白いと思ったのは、その先にある。
12月の石油が、6月の石油より40ドル安い理由
原油は「先物」という形で、将来の受け渡しを約束して売買される。今年の春、この市場で奇妙なことが起きた。12月に受け渡す原油の価格が、5月や6月に受け渡す原油より、最大で40ドルも安かったのだ。
普通は逆になる。将来まで保管するには倉庫代も金利もかかるから、先の月ほど少し高い。この当たり前がひっくり返る状態を「バックワーデーション(逆ざや)」と呼ぶ。
なぜそうなるのか。答えは単純で、市場が「この混乱は年内に収まる」と考えていたからだ。目の前の1バレルは喉から手が出るほど欲しいが、12月の1バレルなら、そのころには海峡も開いているだろう――そう見積もった人たちが、12月限を売り、期近を買った。その差額40ドルが、集団の見立ての値段である。
つまり先物カーブは、未来の予報図ではない。「いつまで続くと思っているか」という賭けの分布を、価格の形で可視化したものだ。経済学者ハイエクは、価格とは世の中に散らばった無数の判断を一点に集約する信号だと言った。カーブの傾きは、その信号が時間軸方向に伸びたものだと考えると腑に落ちる。
ケインズはさらに踏み込んで、先物価格が期待される将来の現物価格より低くなりがちなのは、生産者がリスクを手放すための保険料を払っているからだ、と説明した(「正常なバックワーデーション」)。石油会社は将来の値段を今日確定させたい。そのために、少し安く売る。買う側は、その割引を報酬にリスクを引き受ける。契約とは本来、そういう「誰がどれだけ不確実性を持つか」の配分表なのだ。
私たちが「将来の契約」を結ぶとき、値段の裏側にこの配分が必ず隠れている。それを見ずに数字だけを見るのは、実情把握とは呼べない。
一番動かないのは、一番遠いところ
もうひとつ、印象に残った事実がある。8月4日、原油は一日で7%近く急落した。ブレントの期近は78ドル台まで叩き落とされた。ところがこのとき、2029年や2030年に受け渡す契約の値段は、0.2〜0.4%しか動いていない。
嵐が吹き荒れているのは、手前の数か月だけだ。10年先の価格は、ほとんど揺れない。
ここに、私たちが自分の人生設計を考えるうえでのヒントがあるように思う。住宅ローンも、転職も、子どもの進学も、保険も、「この先こうなるはず」という前提の上に結ぶ長期契約だ。そのとき私たちは、どこに揺れを許し、どこを固定しているだろうか。
石油市場は、手前を激しく揺らし、奥をどっしり据える構造になっている。逆に、手前を固定して奥に賭けている設計もある。たとえば、毎月の返済額を目一杯まで固定して「20年後には給料が上がっているはず」に賭ける住宅ローンは、まさにそれだ。どちらが良いという話ではない。ただ、自分の設計がどちら型なのかを知らないまま結んでいる契約が、いくつあるだろうか。
問いを三つ置いておきたい。ひとつ、あなたが今結んでいる契約や約束は、「何が続く」ことを前提にしているか。ふたつ、その前提が2月28日のように一日で壊れたとき、手前の数か月をしのぐ在庫――現金でも、時間でも、人間関係でもいい――はどれくらいあるか。みっつ、あなたの人生のカーブは、いま順ざやか、逆ざやか。
それでも、備えは八割でいい
こう書くと不安を煽っているようだが、そういうつもりはない。予測が外れたこと自体を責める気にもならない。10社の一流アナリストが揃って外したという事実は、「もっと精度の高い予測を探せ」ではなく、「精度の高い予測は存在しない」と読むほうが健全だ。彼らが無能だったのではなく、未来がそもそもそういう性質のものなのである。
だから私は、当てにいくよりも、外れても壊れないほうに手間をかけたい。八割は淡々と仕組みを理解し、余白を用意しておく。残りの二割は、「まあ、世の中は思い通りにならないから面白い」と構えておく。海峡が閉じるかどうかは私には決められないが、閉じたときに慌てないだけの余白を持つかどうかは、今日の自分が決められる。
在庫は、平時に積むものだ。
――カーブの傾きは、誰かの覚悟の角度である。
Cowork