高市首相が「成長型経済のインフレ」として語った7月の物価上昇は、実態としてはホルムズ海峡の緊張やエネルギー価格の転嫁によるものであり、政策効果とは切り離して見る必要がある。こうした自国向けの語りと、中国・ロシアが実際に狙っている構造的脆弱性との間には大きな乖離がある。

中国はレアアース規制で米海軍の艦艇整備を担う日本の造船インフラを標的とし、ロシアはLNG依存を盾に日本の抗議を無効化している。さらに中東リスクを分散するために拡大した対米原油依存は、防衛・安全保障の依存とも重なり、三つのリスクが一つの相手に集約される構造を生んでいる。

「成長型経済のインフレ」という語り

8月21日、高市早苗首相はSNSに「成長する経済には一定の『物価上昇』がみられる」と投稿した。同日公表された7月の消費者物価指数は、コア指数が前年比1.8%、総合指数が1.9%まで加速していた。首相はこれを、デフレ体質を脱した「成長型経済」への移行の証として語った。

だが数字の中身を見ると、別の物語が浮かび上がる。今回の基準改定は本来、指数を下押しする方向に働くはずだった。それでも加速した背景にあるのは、エネルギー価格の反転と、中東情勢の緊迫化によるナフサ高の価格転嫁である。ホルムズ海峡は2月末の攻撃開始から半年、通航量は今週、5月以降で最低水準に近づいている。首相の語りの中で「成長の証」とされたインフレは、実態としては、日本がコントロールできない場所で続く紛争のコストが、静かに国内へ転嫁されている現象だった。

語りは自国に向き、相手は別のところを見ている

同じ時期の中国とロシアの動きを並べると、対照的なことに気づく。

中国は昨年11月の台湾有事答弁への抗議として水産物輸入を再禁止し、留学・渡航自粛を通達し、今年2月にはレアアース関連の輸出管理対象に三菱造船など20社を指定した。この標的の選び方は精緻だ。水産物の禁輸や渡航自粛は日本国内の反発を計算した象徴的な措置にとどまるが、レアアース規制は、日本の造船所が担っている米海軍艦艇の整備・補修という、現実の同盟インフラを直接に狙っている。米海軍の艦隊規模は自国の建造能力低下で縮小を続け、日本の民間造船所への依存を強めている最中だ。中国が見ているのは高市政権の強硬さそのものというより、その背後で米国が抱える、より構造的で長期的な穴なのだろう。

ロシアも同様である。8月13日、プーチン大統領が北方領土の択捉島を初めて訪問し、日本の抗議には取り合わなかった。だがこれは前座に過ぎなかった。8月4日から始まっていた艦艇約60隻・兵員1万3千人規模の太平洋艦隊演習は、20日、択捉島配備の対艦ミサイルや原子力潜水艦の巡航ミサイルによる、仮想敵艦船への実射訓練で締めくくられた。日本近海に接近するであろう米艦・自衛隊艦への攻撃を具体的に想定したこの演習は、中国が突いている造船・整備インフラの脆弱性と、同じ海域・同じ艦艇戦力を、異なる角度から試している。

これに対する日本側の反応は、抗議はしても大使召還や制裁強化といった実質的な対抗措置には至っていない。理由は明確で、日本はLNG輸入の1割弱をロシアに依存している。原則では強く出られても、実利が絡むと動けない――この非対称性を、ロシア側は言葉だけの抗議として一蹴した。

物語の中に、脆弱性の答えはない

ここに、この夏の日本が置かれている構造がある。原油はホルムズ依存が9割超、LNGは中東とロシアにそれぞれ1割弱ずつ依存し、いずれも緊張下にある。対中関係は撤回なき答弁のまま固定化し、修復の見通しがない。対露関係はエネルギー依存ゆえに、原則を貫こうとすればするほど身動きが取れなくなる。そして日本の防衛産業基盤は、独立した強さというより、米海軍という同盟の需要に支えられて初めて成立するものになりつつある。

こうした脆弱性は、首相のSNS投稿のような自国向けの語りからは見えてこない。語りは「政策の効果」や「成長への移行」を強調するが、それは自分が語りたい筋書きであって、相手が実際にどこを、どのように見ているかとは別物である。中国はレアアース規制の対象企業を選ぶ際、日本の政治家の発言の強さではなく、同盟インフラの中で最も費用対効果の高い一点を探している。ロシアは日本の抗議の強さではなく、LNG依存という実利の急所を見ている。

分散したはずが、一点に収斂している

もう一つ、この夏に起きていた変化がある。ホルムズ海峡の危機を受け、日本は中東依存を下げるための代替調達を進めてきた。2026年6月の原油輸入では、首位のアラブ首長国連邦(359万kl)に僅差で米国(324万kl)が浮上し、輸入量全体に占める割合は3割を超えた。中東依存度は62.3%まで下がり、9か月連続で前年を下回っている。一見、リスクは分散されたように見える。

だがこの数字の中身は、増産によるものではない。米国内の掘削済み未仕上げ坑井は減少を続け、リグ稼働数の伸びもわずかで、今回の供給拡大の主因は米国の戦略石油備蓄の放出と民間在庫の取り崩しである。つまりこの3割は、米国が備蓄を切り崩し続けてくれる間だけ成立する、政治的な合意の産物であり、恒久的な調達源ではない。

そしてこの代替調達先は、これまで見てきた造船・艦艇整備というインフラの依存先であり、拡大抑止という安全保障の保証者であり、対中・対露での外交的な後ろ盾でもある、まさに同じ相手である。中東・中国・ロシアという三つの独立したリスクを分散したつもりが、実際には石油・防衛産業・安全保障という三つの異なる層を、一つの相手にまとめて預ける結果になっている。

中国やロシアへの依存は、相手が明確に敵対的であるがゆえに、リスクとしてまだ認識しやすい。だが米国への依存は、相手が同盟国であるという前提そのものが、造船投資を関税交渉の取引材料に組み込む姿勢や、圧力がかかれば発言を撤回する行動パターンが示す通り、必ずしも安定していない。「敵に狙われる脆弱性」と「味方の都合で条件を変えられる脆弱性」は性質が異なり、後者は平時には見えにくく、それゆえに備えが遅れやすい。

物語の中に、脆弱性の答えはない、相手が味方でも同じこと

相手の目線から自国を眺め直すという作業は、地味だが欠かせない。自分がどう語りたいかではなく、相手が自分のどこを、なぜ、そのタイミングで狙っているのかを起点に考えることで初めて、物語の陰に隠れた構造的な脆弱性の輪郭が見えてくる。

そしてその作業は、敵対する相手だけでなく、同盟国という最も疑いにくい相手にも同じように向けられなければならない。

今の日本に必要なのは、成長型経済という物語の精度を上げることではなく、分散したつもりで実は一点に収斂してしまった依存の構造そのものを直視することだろう。