2026年8月、兵庫県が都道府県として前例のない事態に直面した。県債を発行するのに国の許可が必要になる「起債許可団体」への転落が確実になり、このままでは2030年度にも「早期健全化団体」——財政破綻の一歩手前とされる状態——に落ちる恐れがあると、県自ら公表したのだ。地方自治体の財政危機と聞くと遠い話に思えるかもしれないが、経緯をたどってみると、驚くほど身近な教訓が詰まっている。
そもそもの発端は1995年の阪神・淡路大震災だ。復興のための巨額の公共投資が県債(都道府県が発行する借金の証書)の残高を押し上げ、今も1000億円を超える借金がその名残として残る。ここまでは「災害復興のコスト」として理解できる。問題はその後だ。県は2000年、公共用地を買うために約490億円の県債を発行し、2020年に借り換える際、すでに土地を売って手元にあった338億円を返済に充てるべきだった。ところが全額をそのまま借り換え、浮いたお金を別の基金に移していたという。これによって、借金の重さを示す「実質公債費比率」(税収などに対して、借金の返済にどれだけ負担がかかっているかを示す指標)が、実際より軽く見えるような処理が15年にわたって続いていたとみられている。
低金利が続いている間は、このやりくりは誰の目にも触れなかった。ところが長期金利が上昇局面に入ったことで利払い負担が増え、隠していたはずの重さが一気に指標へ跳ね返ってきた。実質公債費比率は18%を超えると起債に国の許可が必要になり、25%を超えると早期健全化団体になる。兵庫県はいま、このラインに向けて静かに、しかし確実に近づいている。
これは兵庫県だけの特殊な失敗なのだろうか。私にはそうは思えない。国全体を見渡しても、日本政府の借金は1200兆円を超え、その多くが超低金利という前提の上に積み上げられてきた。金利が低いうちは、借金がどれだけ膨らんでも利払いは軽く、誰も本気で危機感を持ちにくい。アメリカの経済学者ハイマン・ミンスキーは、この状態を「安定こそが不安定を生む」と表現した。景気が安定し、借金が問題なく返済できている時期が続くほど、人や組織は気を緩めてさらに借り入れを積み増し、その膨張がある日突然、返済不能の連鎖に転じる——いわゆる「ミンスキー・モーメント」を引き起こすというのが彼の理論だ。兵庫県のケースは、まさにこの縮図に見える。低金利という追い風の中で公共投資を拡大し、都合の悪い数字は見えにくい場所へ移し、金利が上がった瞬間にすべてが表面化した。
ここで立ち止まって考えたいのは、本当の失敗はどこにあったのかということだ。公共投資そのものが悪いわけではないし、震災復興という大義もあった。むしろ問題は、「ここまで借りたら止める」という撤退基準をあらかじめ持っていなかったこと、そして都合の悪い数字を早い段階でオープンにしなかったことにあるのではないか。県は2027年度から9年間、投資費用を最低10%削減し、「オープンにしながら」健全化を進めるという。裏を返せば、それはこれまで十分にオープンではなかったことの証でもある。
この構造は、実は個人の家計や投資にもそのまま当てはまる。低金利のローンを組んで、いつの間にか返済負担の上限を意識しなくなっていないだろうか。含み益が出ている間は「まだいける」と根拠なく買い増しを続けていないだろうか。投資家ウォーレン・バフェットは「潮が引いたときに初めて、誰が裸で泳いでいたかがわかる」と語ったが、金利という潮はいつか必ず動く。儲かっている時、借りやすい時にこそ「ここまで来たら手仕舞う」という撤退ラインを先に決めておくこと、そして自分の資産と負債の状態を家計簿や資産管理アプリなどで定期的に見える化しておくこと。この二つを手放さないことが、静かな崩壊を防ぐいちばんの備えなのだと思う。
兵庫県の財政再建には、これから何年もかかるだろう。私たちの資産形成も同じで、日々の判断を100%コントロールすることはできない。だからこそ8割は堅実に「撤退基準」と「進捗の透明化」という土台を守りながら成長を目指し、残りの2割くらいは相場の波にも人生の波にも、少し肩の力を抜いて構えておきたい。低金利という追い風が吹いている今だからこそ、一度、自分の借金と投資の撤退ラインを確認してみてはどうだろうか。