ニュースを見ていると、国債の議論はいつも二極化しています。
「国債は国民の資産だから問題ない」という推進派。
「将来世代へのツケだ」と危険を煽る規律派。
どちらも一理あります。
けれど、どこか大事な視点が抜け落ちています。
それは――
そのお金が何に使われ、どんな“成長力・継続力”を生むのか。
国債は借金か、資産か――その前に
国債は政府の借金であり、同時に誰かの資産でもあります。
でも、そこに議論をとどめていては不十分です。
例えば、
- 老朽化した橋を直す投資
- 再エネや送電網の整備
- 教育や研究への継続的な支出
これらは将来の生産性を高める可能性があります。
一方で、
- 選挙前の一律給付
- 業界団体への恒常的な補助金
- 効果検証のない基金の積み上げ
これらはその年のGDPを押し上げるかもしれません。
しかし、来年以降の力を保証するわけではない。
借金か資産かではなく、
「未来を強くする使い方かどうか」
が本丸です。
トリクルダウンはなぜ機能しなかったか
「企業や富裕層を豊かにすれば、いずれ全体に波及する」
この考え方は長く語られてきました。
しかし実際には、
- 内部留保は増えたが賃金は伸びない
- 株価は上がるが地方は潤わない
- 非正規雇用が拡大した
歴史は、自然な波及に任せるだけでは十分でないことを示しています。
成長の果実は、設計しなければ届きません。
ばらまきも万能ではない
では逆に、給付や公共支出を増やせばいいのか。
確かに一時的な景気下支えにはなります。
しかし、
- 一回限りの給付
- 業界への一律支援
は「点火剤」にはなっても、エンジンにはなりません。
本当に必要なのは、
成長の土台をつくる支出
です。
円安インフレという“見かけの成長”
円安で輸出企業の売上が増える。
インフレで名目GDPが伸びる。
これも一見すると成長です。
しかし、
- 実質賃金が下がる
- 輸入コストが上がる
- 家計が苦しくなる
なら、それは豊かさの増加ではない。
数字ではなく、生活の実感こそが経済の本質です。
本当に語るべきは「成長力・継続力」
私たちが真に問うべきなのは、
- 権限を強めることか
- 義務や忠誠を求めることか
ではありません。
この国が10年後、20年後に
自律的に成長できるかどうか。
そこです。
「子どもが生まれない」を直視できるか
少子化は、単なる人口問題ではありません。
- 教育費の重さ
- 住居費の高さ
- 長時間労働
- キャリア中断への不安
女性が生きづらく、
若者が未来を描けない社会では、
出生率は上がりません。
ここに真正面から向き合わない限り、
どんな財政論も空回りします。
成長と持続に必要なもの
抽象論ではなく、具体的に考えます。
① 教育と自律的学習
一生に一つの仕事ではなく、
学び続ける力が前提の社会へ。
例:
- リスキリング支援の実効化
- 地域と企業が連携した実践教育
② リスクテイクへの評価
挑戦した人が再挑戦できる仕組み。
例:
- 失敗後の再起支援
- ベンチャーへの資金循環
③ エッセンシャルワークへのリスペクト
介護、保育、建設、物流。
社会を支える仕事が正当に評価されなければ持続はありません。
例:
- 処遇改善を一時金でなく恒常化
- 生産性向上投資とのセット設計
④ 不要な規制の整理
競争を阻む既得権や、形骸化したルールを見直す。
例:
- 新規参入の障壁緩和
- デジタル行政の徹底
⑤ ゾンビ組織の改革
赤字を垂れ流しながら守られる構造は、
若い世代の負担になります。
痛みを避け続ければ、
未来の選択肢は狭まる。
最後に
成長は、誰かが与えてくれるものではありません。
持続も、自然に生まれるものではありません。
政治も経済も、待ったなしです。
けれど同時に、
一人ひとりの選択と行動の積み重ねが、
国の姿を形づくります。
おかしな仕組みに疑問を持つ。
議論する。
学び直す。
挑戦する。
支える仕事に敬意を払う。
その積み重ねこそが、
「成長と持続」を現実にします。
借金か資産かという言葉の応酬の先に、
語られるべき視点がある。
それは、
未来をどう設計するか。
私たち自身が、その設計者です。









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